2013年09月30日

The Lily and the Rose

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イギリス演奏旅行記の半ばで更新が途絶えてしまいました(--;)
9月最後の日が今月最初の更新で・・・ごめんなさい!
今年は2回の海外での演奏や、最終学年の娘の部活動のサポートで、ホッとできる日とかゆっくり寝られる朝というのが全くなかったので、部活がようやく一段落したここらでちょっとゆったり身体を休めたかったというのが本音ですが、そうはいっても結局また秋からの演奏に備えて調べ物やら選曲やら・・・やることはてんこ盛りでございました。
ようやく方々目処がついてきたので、またイギリス旅行記を再開しようと思っております。早く書かないと忘れてしまうこともありますからね^^;

で、↑ の写真は、演奏旅行で訪れたイギリス・ダービーシャーのチャッツワース城内のお部屋の窓からの眺めです。
チルコットの哀愁を帯びた美しい作品、「The Lily and the Rose」は、ちょうどこのお城が建てられたのと同じ16世紀のテキストにより作曲されたものです。歌詞の1番ではイギリス人(国の花rose)のお姫様とフランス人(国の花lily)兵士の許されぬ恋愛(結婚)への不安、2番では聖母マリア(Lily)の純潔とイエス(Rose)の贖罪について書かれた節もあり解釈もさまざまなようですが、いずれにしても愛と哀しみがうたわれていることになりますね。
歌詞には、「Through the glass windows shines the sun」とありますが、1500年代にガラス窓のある家というのは、お城のようなかなり高貴な身分の者が住むところのみだったそうです。1番の歌詞には他にもメイドが出てきたり、寝室が出てきたりするので、このチャッツワース城のようなところに住むお姫様がこの詩の主人公であることに違いないでしょう。

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The maidens came When I was in my mother's bower
は、このような場所だったのかな。

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こちらはウインザー城の城壁です。
The bailey beareth the bell away
城壁を伝って聴こえてくる鐘の音とは、何を意味するんでしょうね。幸せの鐘なのか、悲しみの音なのか。。。

10月12日に、稲沢さざんか合唱団と岐阜のCHRO CHIARA さんとのジョイントコンサートを行います。
チルコットの「The lily and the Rose」も演奏します。
合同演奏では長谷順二先生の指揮で、松下耕「そのひとがうたうとき」を演奏します。
さざんかの皆さん、がんばりましょうねるんるん

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2012年08月03日

チェコ・マーハの作品

今、豊田ではチェコの作曲家オトマル・マーハ(1922-2006) による「ラシュスコ地方(モラヴィア地方北東の山間部)の呼びかけ歌」の中の作品に取り組んでいます。
チェコの山間部で放牧をする際、牛や羊たち、仲間たちに呼びかける際の労働歌のような民謡がベースにあるのでしょうね。日本でいう「ソーラン節」のようなものでしょうか。モラヴィア地方に伝わる民謡はかなりたくさんあるようです。
マーハはモラヴィア地方のオストラヴァの出身ですが、オストラヴァの少年少女合唱団とは、2001年に豊田でジョイントしています。検索していたら、オストラヴァ少年少女合唱団のHPが見つかりました。

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いかにもマーハの曲が似合う風景のCDジャケットです。このCDは以前に指揮者のミラン・フロミーク先生が私のところへわざわざチェコから送ってくださったものですが、マーハの、日本ではあまり聴かれない曲も数曲入っています。おそらくコチャールとプロムジカのような関係が、マーハとオストラヴァ少年少女の間にもあったのでしょう。
合唱団の演奏動画はコチラの合唱団HPのサイトからご覧いただけます。フロミーク先生もお元気そうでよかった〜かわいい

今夏豊田が演奏する「Hoj,hura hoj!」「Ho-ja-ja,ho-ja-ja」は、威勢のよい牛飼いや羊飼いの掛け声や、それが山にこだまして響き渡るような音がとてもとても魅力的で、豊田のメンバーもノリノリで歌っています。
チェコの放牧の画像でイメージをふくらませてみてください。2379687-czech-countryside-with-grazing-cows.jpg5284031-cows-grazing-on-a-green-pasture-in-rural-czech.jpg2919419-sheep-pasture-in-beautiful-czech-farmland.jpgDSCF1678-thumb.jpg


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2012年04月30日

波間の漁夫

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昭和の日の伊勢湾です。
波が陽の光を浴びてキラキラ輝いていました。思わず歌いたくなる景色ですね。

フランスの作曲家、アンリ・トマジ(1901〜1971)「コルシカ島の12の歌」の中の名曲
<O PESCATOR DELL'ONDA(波間の漁夫)>

波間の漁夫、おおフェデリ!
あなたの美しい船で、こっちへ漁に来て。
あなたの美しい船に、一番美しいもの(私)が獲れるから

指輪の漁に来て、おおフェデリ!
私、海に指輪を落としてしまったの。
あなたの美しい船に、一番美しいもの(私)が獲れるから

イタリア人とフランス人の間のような日焼けしたイケメンと
髪の長いエキゾチックな美しい島の娘・・・

・・・と想像して歌いましょうね、マーレのみなさん!

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2012年02月23日

大手拓次の詩による西村朗作品

西村朗「秘密の花」より、2曲目の<道化服を着た死>を、今フリュッセでやっている。
西村作品は、今まで全く手を付けたことがなかった。
それを取り上げてみよう、と思う合唱団を指導していなかったし、西村作品=妖艶さ、エロティシズム・・・というイメージが強くて、なかなか自分には踏み込めない音楽だと思っていたからだ。

昨秋から指導に携わっているフリュッセの方から、そろそろ合唱祭の選曲をお願いします、と言われて、フリュッセの声のイメージに合う曲を探していて、直感でこの「道化服・・・」を選んだ。

50代後半〜70代の熟年世代で構成されるフリュッセは、皆さんとても仲良く和気藹々としているのだが、教育大の音楽科出身者がほとんどということもあり個々がそれぞれに音楽の価値観をもった独立性のあるメンバーが多く、昔から声楽のレッスンを受けてみえる方もいらっしゃる。合唱としての声・ハーモニーをまとめるのに、今はかなりの時間を費やしているが、指導者として1から引き出す、というのではなく、かなり個性的にあちこち伸び放題伸びた枝を剪定して整えているような感じだ。それだけ、個々の音楽の主張が強いからだろう。
なかなかこういった合唱団に出会うことがなかったので、面白さと熟年世代の頼もしさを感じながら毎週指導に行かせていただいている。

しかし、今回取り上げたこの「秘密の花」・・・というか、大手拓次の詩の世界はかなり独特だ。
西村朗氏が《大手拓次三部作》と名付けられている作品集(まぼろしの薔薇・そよぐ幻影(混声)・秘密の花(女声))のCDリーフレットには、氏の、このような文がある。

・・・実のところ私が拓次の詩を識ったのは、萩原朔太郎を識るよりだいぶあとだった。わたしは朔太郎が大好きである。・・・しかし拓次と出会った時、私は強いショックを受けた。ひとつには、拓次の詩が、朔太郎の初期・中期の詩とよく似ていたからである。最初、拓次がまねをしたのかと思った。しかし事実は逆で、朔太郎の方が拓次から強く影響を受けたのである。確かに似ている。だが、やはり違う。朔太郎の方が洗練され、詩作者としての態度が厳しい。詩の完成度、自立性の強さは、朔太郎の方がはっきりと上である。拓次の詩はそれに比べ未熟で、技巧と言えるほどのものがない。それは自己耽溺的で、外に向かって自立しない。その詩はどろどろとした軟体生物のようで、時として何を言っているのかよくわからない。しかしそれでも、私は拓次の天才に魅了された。深い孤独の中からふき出し、にじみ出てくる詩的幻想の妖しさ、そのじめじめとして鮮烈な肉体的生理的イメージのものすごさ。それは読む者の五感にまとわりついてくる。・・・・
・・・拓次の詩は、人を救わない。言わば麻薬のようなものである。そして、麻薬の夢に酔ったあげく、晩年の拓次はその毒に疲労した諦観をうたい、清浄な世界を求めつつ、この世に弱々しくわかれをつげた。・・・そして、そんな拓次を私は次第に熱愛するようになった。・・・

1985年に初演された「秘密の花」には、そのような西村朗氏の拓次の詩への愛が存分に注ぎ込まれたと思われる音楽になっています。
歌い手にとって声の出しやすい、またピアノも美しく描かれた非常に優れた合唱作品でありながら、楽譜が受注生産となっているのは、このテキストが、特に女性にとっては簡単に入り込める内容でない、ということもあるのかもしれません。

大手拓司の詩は、こちらのサイトでいくつか紹介されています。

よくはわかりませんが・・・手の届かぬ恋をし続けていた純粋な男性だったのかもしれませんね。
また、ミステリアス・エロティシズムアンド、ファンタジックな絵画的な要素も私はかなり感じます。
・・・とはいえ、やはりこの妖しさは何とも、独特。。。

posted by ひろこ at 10:59| 岐阜 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 合唱〜作品について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

クリスマスと夕暮れのハンガリー合唱曲

合唱指揮者ラヂッチ・エヴァさんをハンガリーからお迎えしての此度の演奏会。
そのハンガリーもののステージでは、前半の2曲にお届けするコダーイ「天使と羊飼い」とペーター・ノグラディ「ベツレヘム・ベツレヘム」はいずれもクリスマスにまつわる内容のハンガリー語のテキスト、そして後半の2曲、コチャール「火のツィテラ」とカライ「夕暮れの歌声」は、いずれも夕暮れの情景を詠ったハンガリー語のテキストによるものです。「ツィテラ」は戦後のハンガリーの詩人の中で重要な位置にあるラースロー・ナジによる抒情詩で、「夕暮れの歌声」は現在はルーマニア領内のチャンゴー民謡をもとに作られています。

クリスマスと夕暮れ・・・
いずれも音楽にしたくなるものですよね。

同じクリスマスの歌でも、「天使と羊飼い」の方は、天使からのお告げを聞き、羊飼いたちが主イエスに会える喜びでワクワクしながら準備をし、フィナーレでは天使と一緒になって「Gloria!」と主を讃えます。天使は高音(2点G)のロングトーンの連発ですが、ちょっとでもピッチが緩むとカッチョ悪い音になります。豊田の天使役は、どうでしょうか?今回、天使役の最年少は小学3年生。もし、うまく決まったら、子どもたちに大きな拍手をお願いします。

「ベツレヘム・ベツレヘム」は、表題通り、ヨゼフの生まれた町ベツレヘムにたどりついた身重のマリアとヨゼフが宿屋を探しますがどこも満員で泊めてもらえず、仕方なく馬小屋で出産を控えるマリア。神の子が生まれるというのに、人はだれも受け入れてくれない、と出産前のマリアの嘆きの心境が表された曲です。エヴァさんのお奨め作品ですが6声のものは未出版で、彼女が直接ノグラディに問い合わせて楽譜を入手してくれました。
かなり和音が複雑に絡み合う曲ですが、こういう曲はピッチがちゃんとしていると楽しめるものなんですね。エヴァさんがステキな曲、とおっしゃるように、メンバーたちも和音の移り変わりの魅力を感じているようです。ピッチ良く歌えるって、言葉が通じるっていうのと同じぐらい、合唱人にとっては大切なコミュニケーションツールなんですよね。

コチャール「火のツィテラ」は、私は曲全体を5つのシーンに捉えています。
シーン1<山の夕暮れ・予感>
シーン2<風の中で、出逢い>
シーン3<ツィテラの音楽夜会>・・・朱い野ばらの実が夕暮れの山の強風に揺れてぶつかりあい出す音が、ツィテラ(西洋琴)をつま弾く音に似ているため、「火(赤い&愛に燃えている)のツィテラ」ということかと。。。
シーン4<生命の祭り・よろこびのとき>
シーン5<終息へ>

楽譜巻末の伊藤直美先生による作品解説では、「抒情的な自然描写の作品。野獣、つまり雄鹿と雌鹿の喜悦、その回りの自然が出す音をナジは大変音楽的に表現している。」とあります。
<ヨーロッパの声>を引き出してくれる作品です。

カライ「夕暮れの歌声」は、かつてハンガリー領だったルーマニア中西部トランシルヴァニア地方のチャンゴー民謡が元になっています。

チャンゴーの写真などをたくさん紹介されているページをみつけました。コチラ
写真のおばあちゃまたちの民族衣装のお姿や、風景をみていると、この曲のイメージがどんどんふくらみますね〜。ほとんどハンガリーと変わりない感じですね。
ちなみに、現在合唱団にはルーマニア人の男子団員が在籍しています。ジュニアなので、残念ながら今回のハンガリーステージでは歌いませんが、それはそれは美しいボーイソプラノですよ。別のステージで、その美しい声をご堪能いただきますから楽しみにしていてくださいねかわいい

私が初めて豊田でコダーイのアカペラ曲のステージを持ったのが15年前。
日本語に堪能なネイティヴのコーラスコンダクターを迎えて、コンサートホールでハンガリーステージが持てるなんて、本当に感激です。
15年前、初めてハンガリー語を見て「なんじゃこりゃ?」と苦労した先輩たちから受け継がれてきた上にある今回の演奏。先輩たちの分もがんばってほしいですね。


***** Radics Eva(ラヂッチ・エヴァ)先生 プロフィール *****

1976年 ハンガリー生まれ。
1994年Juhazas Gyula College音楽大学入学。
1997年 ハンガリーの学生指揮者コンテストで優勝、同年Janus Pannonius University of Sciences大学に入学。Jobbagy Valer,Vardai Istvanらに師事し、指揮・声楽を学ぶ。
1999年 大学のPuellae女声合唱団で宝塚国際室内合唱コンクールに参加、女声合唱部門で優勝。
2000年秋より来日、La Musica(金沢)常任指揮者をはじめ、合唱団を指揮・発声指導をするかたわら、ソプラノソリストとして活躍。
2003年9月 ソプラノリサイタル(金沢市アートホール)
2006年7月 宝塚国際室内合唱コンクールにLa Musicaでフォークロア部門第3位。
2008年11月 全日本合唱コンクール全国大会にLa Musicaで金賞、優秀指揮者賞を受賞。
2011年3月 ハンガリーに帰国。



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2011年07月28日

トマジ・コルシカ島の12の歌

女声合唱団「マーレ」が来年の演奏会に向けて準備をしている作品の1つにアンリ・トマジの「コルシカ島の12の歌」があります。
私がこの曲を知ったのは、数十年前に東京少年少女合唱隊が、全日本コンクールでこの中の「O PESCATOR DELL’ONDA」を演奏されたライブCDを聴いてのことでした。
なんて美しい曲なのだろう・・・
まだ同声合唱のア・カペラがそれほど普及していない頃でしたので、無垢なジュニアのア・カペラがとても新鮮なものに思えました。私が少年少女でア・カペラをやりたい、と思ったきっかけにもなった作品(演奏)です。

「マーレ(mare)」は、イタリア語で海のこと。
この作品はこの合唱団の名前のイメージにピッタリです。シニア世代には少々難しさはあるものの、少しずつレパートリーにしていけたらな、と思いやってみることに。

トマジ(1901〜1971)は、ご両親がコルシカ島の出身で、フランスで活躍した作曲家・指揮者です。
「三声のミサ」のアンドレ・カプレと同じく、フランスの芸術賞として名誉ある「ローマ大賞」を受賞しています。
歌劇場の音楽監督を務め、主にオペラやバレーなどの舞台作品で活躍され、合唱曲としてはこの「コルシカの歌」が日本でもよく歌われています。

ウィキペディアには、
<彼の創作の源は地中海であり、「地中海の光、色は私にとって大きな喜びである。心の部分からでない音楽は音楽でない。私はメロディストだ」と語っている。>

とあります。
「コルシカの歌」は、まさに彼の心のふるさとを描いた音のよう。優しさ溢れる曲や躍動感いっぱいの曲など、生き生きとした生命力や自然の風景が感じられる作品が収められています。

この作品は伝統的な島の言語「コルシカ語」のテキストによるもの。
現在コルシカ島はフランス領で、島内ではフランス語が用いられているようで、「コルシカ語」はお年寄りが使われている程度なのだそうです。
フランス・・・というよりは、イタリア語の方言といった感じですね。
その理由は、島の複雑な歴史にあるようです。
コルシカ語については、コチラコチラ のサイトでいろいろ考察されています。



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2011年07月15日

空の名前

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信長貴富:女声合唱とピアノのための「空の名前」は、高橋健司氏の写真と文によるベストセラー「空の名前」という空の写真集に共感された作曲者が、<この多彩な空の表情を音のパレットで描いたような曲集を作りたいと思い、書名をそのまま曲集のタイトルにした>作品です。

私もこの「空の名前」の写真集には、感動しまくりで・・・・日本の、折々の空の美しい表情が300種類以上のっているんです。
そして、それぞれの空にはちゃんと名前がついている。雲の名前、雨の名前、雪・氷の名前、太陽・光の名前、風の名前、季節の名前・・・こんなにも季節や天気を豊かに表す言葉があるんだ、日本語の風情って凄い!!と感激します。(高橋健司氏は日本気象協会に長年勤務されていた方です。)

信長先生は、特にここをご覧になっていらっしゃったんだろうな、と思われる、朝の空と夕方の空のページには、1曲目「空の名前」(信長先生が、この本の中の言葉を取り入れられ構成された詩)の冒頭のアカペラ部とエンディングに登場する<朝の空>と、クライマックスに登場する<夕刻の空>の名前と写真が在ります。

曙 暁 朝ぼらけ 夜明け 東雲 朝まだき

おぼろ 黄昏 夕まぐれ 夕方 夕まし 茜雲

この写真集を眺めながらこの曲を聴くと本当に感動的で、PVを作りたくなるような気持ちになります。


この曲集の2曲目以降は

「かなしみ」 谷川俊太郎
「そら」 池澤夏樹
「天空歌」永瀬清子
「夕焼け」 高田敏子

といったテキストにより作曲されています。
それぞれの詩の持つ、感情や色合いなど詩の世界が見事に合唱曲となった素晴らしい作品です。
信長先生がおっしゃられている<空のパレット>が、見事に描き出された、<音画>とも言える作品で、私は感性ピッタリ黒ハートな大好きな曲集です。

さざんかの最終ステージで今回取り上げます。
美しく演奏するのはなかなか技術を必要とする作品ですが、皆さんの思いのこもった、いい演奏になりますようにるんるん

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昨日、西の空に夕日が沈むのと同刻に東から昇った14番目の月です。
今夜は満月が綺麗に見えるといいな。



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2011年02月09日

エルガーに挑む。

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EDWARD ELGAR  作品26 No.1 「THE SNOW」

女声3部合唱にヴァイオリンが2パート加わった、とても美しい作品です。
作品26はこれとNo.2の「FLY,SINGING BIRD」の2つの女声合唱曲から成っています。
エルガーといえば、「威風堂々」「愛のあいさつ」で有名ですが、この2つの合唱曲も気品があって、声楽的でもあり情緒もあり、そしてまたヴァイオリンの2重奏の音がとっても素敵で、私は大好きな曲です。
いつかやってみたいと思っていましたが、「マーレ」が来年予定している演奏会の目玉候補で練習を始めました。(指導しているとつい自分が歌いたくなってしまう、いい曲です。。。)

60代70代の方も多いマーレですので、英語の発音記号も見やすいように字をかなり大きめにして資料を作りました。
(大きめに書く方が、実は自分にとっても非常にやりやすいものであることを認識する^^;)
先週これを使って発音の練習を始めましたが、皆さんとても反応よく、また元英語教師のメンバーさんのアドヴァイスもいただいて、前向きな取り組みがなされています。
きれいな発音&ナチュラルな美しい声で歌えるようにがんばりたいですね。

この2曲のテキストはエルガーの妻、カロライン・アリス・エルガーによるものです。
エルガーはかなりの愛妻家だったようですね。8歳年上の妻に、63歳の時先立たれたエルガーは、その後晩年は失意のため創作意欲を失くしてしまうほどだったそうです。
1894年(エルガー37歳・アリス45歳)に書かれたこの作品は仲睦まじいエルガー夫妻共作の合唱曲というわけですね黒ハート


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2011年02月03日

初級〜中級レパートリーの拡充

おはようございます!
今朝は少し寒さが緩みましたね。・・・と同時に気になり始めるのが花粉ふらふら
今年は例年の何倍も多い花粉が飛ぶらしいので・・・
私は1日中マスクの生活がしばらく続きそうです。(−。−;)
どなたか、いい病院・お薬をご存知の方は教えてください!!

自分のブログであることをお許しいただいて、今日は女声合唱作品について私の気ままな要望を書きます。
合唱楽譜コーナーに行くと、女声合唱の棚には数社の出版社毎に楽譜が陳列されています。
同じ装丁で、複数の作曲家によるレベルもさまざまな作品が同じようにたくさん並んでいます。
女声合唱といっても、実際存在する合唱団のレベルやメンバーの年齢層はまちまちですよね。
コンクールの自由曲に使われるような難易度の高い曲を探すこともあれば、シンプルで難しくなく、それでいて内容的に優れた作品を探す時もあります。
それらの作品が、一緒の装丁で並べられている現状です。例えると同じ売り場に、ギャル系ファッションとミセス向けファッションが混在しているようなもの。タイトルだけ見て、<これは良さそう>と思っても、実際中を見たらとても難しかったり、あるいは逆だったり・・・
作品の多くは、どこかの合唱団の委嘱によって出版されていることがほとんどです。
その委嘱元が、どこかの高校でコンクールのために書いてもらった作品なのか、あるいはおかあさんコーラスのグループなのかで、技術的な難易度や音楽に違いがあります。
パッと見て、コンクール向きとか演奏会向きとかシニア向きとかがわかるとありがたいなぁ。
(ただし、「シニアのための・・・」とか「シルバーコーラス」みたいな副題はつけないでほしい。)

また、おかあさん団体でも、作曲家に作品を依頼して書いていただけるような合唱団は、名のあるレベルの高い合唱団がほとんどです。
新しく出版される女声合唱曲はいくつもあるのに、巷のママさんコーラス交歓会などのプログラムを見ると、あんまり10年前と内容に変化がないことを感じます。
世の中には、そんなにレベルの高くない女声コーラスの割合がとても多いような気がするのですが、そういったグループのための作品は、まだまだ不十分な気がします。
60代、70代だけのメンバーで、ソプラノがGやAを出さなきゃいけないとか、声部がいくつにも分かれているとか、リズムが複雑とか・・・っていうのは指導するのも大変です。(実際私はやってますけど^^;)
でも、コーラスを30年40年とやってこられた方たちは、それなりの耳や感覚をお持ちですから、誰もが知ってるような易しい曲は発表の場ではあまりやりたがりません。・・・新しい曲に挑戦する気持ちは大事ですものね!

シニアでコーラス経験の長い方たちが喜ばれるのは、メロディーや和声がシンプルで洒落ていること、テキストの内容が優れていることです。
ピアノが素敵、というのも大事です。
声部は3部のシンプルなもの。(2部というのはあまり喜ばれません。3部をやるプライドがおありなのです。)
各パートに主旋律を歌う場所があること。
ソプラノの高音(G以上)が少ないこと。
アルトが低すぎないこと。
リズムが難しくないこと。(特にシンコペーションや付点、タイの連続などはNG。)

先日も、ピアニストのN先生とその話をしましたが、ピアノもそうなのだ、と。
つまり、難易度の高い曲はいっぱいあるけれど、初級〜中級向けの良いレパートリーは意外と少なく、発表会でもやる曲が決まってくる。でも習う生徒はそのあたりのレベルの子がとても多い。
子どもたちがやりたがるJ−POPのアレンジ楽譜もいろいろ出回っているが、左手がすごく動いたり、調号が多かったりで、かなり難しいか、初級向けにアレンジされた簡単すぎておもしろくないものかどちらかで、ちょうど生徒さんが自分で弾いて楽しめるレベルのアレンジが少ない、とのことでした。


初級〜中級の優れた素敵な作品やアレンジは、きっとこれからもニーズが多いことでしょうね。
合唱の場合は、そういう曲を委嘱しないといけないのかなー。。。


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2010年07月19日

2つの<MARY>

ミュージカル<MARY POPPINS>と、Nystedtの<MARY’S SONG>
この2つの<MARY>を、今年豊田では深めています。

<MARY’S SONG>は、ノルウェーの作曲家、Knut Nystedt(1915〜 )により1997年に作曲された女声合唱曲です。
テキストは、ロンドン出身で現在はワシントン州ベリンガム在住の詩人、Luci Shaw
(1928〜 )によるものです。
Luci ShawのHPをご覧いただくと、彼女の作風が芸術を追求する生活とキリスト教の信仰生活の交点を探るものであることがわかります。また彼女のもう一つの芸術表現である自然風景の写真も凄く美しくてすばらしいです!!
自分がいいな、やりたいな、と思った作品の創り主は、国も世代も超えて共感できる芸術家でした。

Nystedtは、近年日本のコンクールでもよく取り上げられる作曲家です。
幼い頃から教会の聖歌隊で歌い、作曲・オルガン・指揮を学び、作曲家・合唱指揮者として活躍しました。(こちらのサイトに詳しいプロフィールが紹介されています。)
ルネサンス・バロック時代の音楽、現代音楽、新古典主義、フランス楽派、アメリカで学んだコープランドの影響・・・など様々な音楽の影響が、彼の作曲活動の主軸である合唱作品に色彩豊かに表されています。

<MERY’S SONG>は彼が82歳頃の作品。モノフォニックなスタイルで歌われる部分が多いシンプルな横のラインに対して、縦のハーモニーは、まるで空の景色が刻々と移り変わっていくかのような色彩感があります。
様々な音楽の影響を受け教会音楽と深い関わりを持つNystedtの音楽と、芸術と信仰生活の交点を模索するLuci Shaw の詩。
これ以上のコラボがありますかいな、とも言うべき名作品だと思います。


マリアの歌

青い手織りの布と私の胸のたわみが
この小さいよく光る裸の星を暖かく包む。
私の腕に横たわって。
(おやすみなさい。ずっと遠くからやってきたあなた。)
今は近くにいて神の御身はやさしく安らう。
彼は静かに横たわるが
彼の活力が宇宙をつくられたのだ。

・・・・・・(中略)・・・・・

息、口、耳、目
彼は小さくなられた。
全ての空、全ての時にあふれていた彼であったが。
永遠の昔よりも古いのに、今、彼は新しくうまれた。
今や私のように地球に生まれられた。
私の貧しい惑星に釘付けられ、
捕らえられる私が自由になるように。
彼は私のお腹の中で、目が見えない私の暗さが終わるのを知るように、
私が新しく生まれるためにこの誕生をもたらせた。
そしてそれは彼にとっては、私の癒されるのを見るために。

私は彼が非常に苦しむのを見なければならない。

                      ・・・・・詩:Luci Shaw  訳詩:太田 実 


この詩は、かつて天地を創造した偉大な神が、受肉によってマリアの胎内に宿り、こんなに小さな赤ちゃんになって自分の胸に抱かれていることに感動しつつも、やがて苦しむわが子(キリストの受難)を見なければならない悲哀を歌ったものです。
「Blue homespun・・・」と静かに始まるテーマは、霧がかかったような、霊的な神秘性が感じられます。
訳詩をしてくださった布池教会の太田神父様によると、創世記には神の霊が地の上を漂っていたという表現があるそうですが、その空気感が表れたハーモニーだと思います。そして、宇宙・時空を超越する神の壮大なサウンド、<newborn>の喜びのサウンドへ。
またこの曲全面に必要なのは母性愛。
高校生・大学生で母性?と思われるかも知れませんが、母性は小学生でも持ち合わせている女性の本能です。
ユースメンバーの内面に在る母性が、彼女たち(うち2人は男子ですが・・・^^;)の若く美しい声で表現され、とても幸せな音楽空間に成長しつつあります。
この音楽を深めることで、メンバー一人一人の技術と心の成長になっていくよう願っています。


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多治見修道院前の母子像


(続く・・・)

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2010年05月31日

いのち

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今日も一つ
悲しいことがあった
今日もまた一つ
うれしいことがあった

笑ったり 泣いたり
望んだり あきらめたり
にくんだり 愛したり
・・・・・・・

そしてこれらの一つ一つを
柔らかく包んでくれた
数え切れないほど沢山の
平凡なことがあった


太田桜子さんの女声合唱組曲「母の手」に収められている「いのち」。
テキストは星野富弘さんによるものです。

太田桜子さんは編曲もので演奏させていただく機会が多かったのですが、この作品は合唱団のお母様方がご自分の感性を発揮されるのにふさわしい内容になっています。

練習していて、この詩の中で私がよくわからなかったのが、

いのちが
一番大切だと
思っていたころ
生きるのが苦しかった

いのちより
大切なものがあると
知った日
生きているのが
嬉しかった

・・・いのちより大切なものって??


その後、スマイルのメンバーさんに疑問を投げかけたところ、年長者のヒデさんから、「いのちより大切なものは、笑ったり泣いたり・・・数え切れないほどたくさんの平凡なことですよ。」と。

「え?でも、それって自分の命あってのことですよね?」

そして、その後再びざわざわと様々な意見が飛び交い。。。

この場合の「いのち」は、自分が希望を持っていのちを傾けてきたもののことではないか。

星野さんは大きな絶望と向かい合って生きてこられた方です。

例えば・・・何十年もの人生を賭けて育んできた牛や豚やその施設は、畜産業者の方にとっては「いのち」と同じものでしょう。
その「いのち」があっという間にウィルスで汚染され、全て手放さなくてはならなくなった喪失感は、計り知れぬものでしょう。どれだけ国が生活に困らないようにお金をくれても、お金には代えられない大切なものであるに違いありません。

何をもってその大きな心の穴を埋められるのか、
その救いがこの星野富弘さんの究極の言葉の中に在るのですね。


星野富弘美術館


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2010年05月17日

外国作品に取り組む意味

おはようございます!
爽やかな5月のお天気が続いていますね。
昨夜は細い2日月が、宵の明星・金星と大接近して仲良く語らっている美しい夜空が見えました。
今晩は三日月と、どのくらいの距離でお話するのか、皆さんも夕方〜夜の空を眺めてみてくださいね。

豊田の合唱団では、今さまざまな曲を練習中ですが、中学生以上の練習では外国作品に取り組んでいます。
今年の全日本の課題曲、Henri Busserの「Salve Regina」もそのうちの1曲です。
合唱団の持つサウンドによく合っている曲で、終止のカデンツでは音の中に天使が舞っているような感じです。週に一度の練習で、その中でこの曲に使える時間は30分程度ですが、練習を始めて7回目にしては、中学生もよく歌っていますよ。

この10年ほど、豊田ではア・カペラの外国作品を毎年のように取り入れています。その効果あってか、発声や、発声を伴うピッチなど、ヨーロピアンな感覚がじわじわと浸透してきているような気がします。

外国作品を子どもたちに楽しんで歌ってもらうためには、歌詞や作品の背景にあるものなど、音符以外の曲の解釈が必要です。もちろん、大人でも同じですが、わけのわからないものを一生懸命練習できませんからね。
まず指導者である私自身が、知らないことを勉強しないといけません。でも、たとえば宗教曲など、それをそのまま資料として子どもに渡してもなかなか理解してもらえないので、噛み砕いて子どもたちにわかりやすいように説明する必要があります。まるでえさを獲ってきた親ツバメが咀嚼してヒナに与えるような感じです。ここが、子どもたちに興味を持って取り組んでもらえるかどうかのカギとなります。

そうまでしてなぜ異文化である外国作品をやるのか、もっとわかりやすく楽しめる、子どもたちの等身大の曲をやったらいいじゃないか、という考えもあるかと思うのですが・・・

よくはわからないけれど美しい音楽、大迫力の音楽、あるいは不思議な音楽、イマジネーションを駆り立てられるような音楽・・・
言葉も作品の背景もわからないのに人の心に残る作品は本物だと思うし、そういった優れた作品に出会い、作り上げていく過程で自分でも気がつかなかった自分自身の中にある声で表現する力が引き出されるんじゃないかな。
だから、外国作品は大人の音楽、ではなく、むしろ成長過程にある若い人たちがまるで外国人と出会うように積極的に取り組んで自分の中の音楽表現の幅を豊かにしたらいいんじゃないでしょうかね。
しかし前述の通り、そのためには仲介役である指導者がかなりがんばらないといけませんね。




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2010年04月25日

水のいのち「海よ」

今年の愛知県合唱祭1日目のクロージングコンサートでは、雨森文也先生の指揮による演奏が予定されています。
曲目は、高田三郎作曲「水のいのち」より“海よ”
高田三郎(1913ー2000)は、名古屋市生まれです。

1964年に作曲された「水のいのち」。
今の10代の子たちからみると、2世代前のお祖父ちゃんお祖母ちゃん世代の方々のために作られた曲になります。初版から100刷以上発行されたがく〜(落胆した顔)超ロングセラー作品。
昔は中学や高校のコンクールでよく聴きましたよね。混声合唱と言えば「水のいのち」、みたいな。(世代バレバレ・・・^^;)

私も「水のいのち」はン十年前に高校の演奏会OB合同ステージで全曲歌いました。その時もですし、たいていこの作品には重厚な混声合唱のイメージを持ちますよね。女声も大人の深い響きをまず想像します。

毎年クロージングコンサートに出させていただいている豊田ですが、最近出された合唱曲が続いた今までの傾向と違うので、正直、今の若い子たちにどうかな〜・・・と譜読みするまでは心配もありました。
昨日初めて混声の楽譜を手に歌ったメンバーですが、意外にも!!
高田三郎、少年少女の中学生以上メンバーの声でも凄くいい音で・・・子どもたちもとても新鮮な音を歌うようで純粋に楽しんでいる様子でした。
自分の中の高田三郎の音のイメージとは違った、新しい高田三郎「海よ」のサウンドでした。

昨日メンバーの音を聴いていて、やはり高田先生は、カトリックの典礼聖歌を数多く手がけられた方だということが作品(和音)からすごく伝わってきました。それが子どもたちのまっすくな声によく合っていて。
また、これはシューベルト!と思える瞬間がいくつもありました。私はシューベルトの歌曲を思い出していました。
「海よ」の最後はフォルテシモからデクレシェンドでピアノまでのロングトーンです。しかもソプラノは高音(2点Fis)での。
大人だとなかなか難しいこの技が、少年少女の子たちは吸い込まれるように美しくできてしまいます。

先入観に囚われず、名作と言われる音楽には果敢に挑戦してみるものですね♪



・・・「海よ」について(ウィキペディアより一部引用)・・・

終曲「海よ」(Andante) - ニ短調で始まる。海に戻った水のいのちが再び空に昇り、雨となり川となり、また輪廻を繰り返す生の悲しみや喜びを表出する。全曲の中でこの曲のみ長大な曲となっており(速度にもよるが、演奏に7分程度を要する)、曲も起伏に富んだスケールの大きい構成になっている。「水のいのち」が再び空に昇り、再び新たな水のいのちとして生まれていく姿をニ長調で称えて終わる。

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2010年03月03日

君が代

「君が代」に関しては、様々な見解がありますね。

昨日、スタジアムで一度だけマイクテストを行った際、スポーツの国際試合という舞台で演奏される「君が代」が、とても厳粛な空気感を醸し出す名曲だな〜と改めて思いました。

イギリスの日本研究家・バジル・ホール・チェンバレン(東京帝国大学名誉教師)による「君が代」の訳詩は次のようになっています。


君のいる世界が幾千年も続きますように
今は小石であるものが
時を経て、あつまりて大いなる岩となり
神さびたその側面に苔が生(は)えるほどに


平安時代に詠まれた和歌(「古今和歌集」「和漢朗詠集」)が原詩となっており、世界中の国歌の中で最も古いテキストだということです。
日本の社会的な歴史の変遷とともに「君が代」の歌詞の解釈が時代によりまちまちで、さまざまな論争を巻き起こしたりしていますが、
純粋に音楽としてとらえると、こんな名曲が日本の国歌として存在することを素晴らしいと思います。

「雅」という言葉がぴったりの詩と音楽。五ー七ー五(六)−七−七に納まり、「さざれ石」「巌」「苔」といった自然描写と、人の生き様を重ね合わせた和歌の表現。雅楽独自の調性(レで始まりレで終わる「ファ」抜きの六音音階)。
「千代に八千代に」は、メサイアの「Forever and ever」と共通する。君主、神といった統治者を限定した存在から、愛するもの、或いは広く生命を育む世界と捉えるべきかな。

短くシンプルなメロディーの中に、1000年以上前からの日本人の感性が生き続けている「君が代」です。
なんと奥深い音楽!!
日本人の文化の歴史が生かされている、愛と慈しみの心・祈りの音楽とも言えるのではないでしょうか。
この名曲が、千代に八千代に歌い継がれますように。

本日18:50 NHK−BS1 
サッカーAFCアジアカップ予選 日本 対 バーレーン

サッカー選手、カッコイイですよ〜。
日本代表、みんなで応援しましょう!!


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2010年02月17日

天空歌

信長貴富作曲 女声合唱とピアノのための「空の名前」より 「天空歌」

永瀬清子の詩によるこの曲は、信長先生の女声合唱曲の中でも人気の高い作品です。もちろん、私も大好きな曲。

今朝、たまたま永瀬清子について調べていたら、なんと!!
今日2月17日は、永瀬清子の生誕日であり、命日でもあったのです!!オドロキ〜〜〜目

岡山県出まれの永瀬清子ですが、16歳の時に名古屋に転居、当時の愛知県第一高等女学校(現在の明和高校)の卒業生だったのです!!
これも驚きですよね。


 幾億年古い世より
 私は在るらしい


ひゃ〜〜〜
そうなんだよそうなんだよね〜。
何もないところから生まれたものなどないものね。


 古い多くの知人は
 神話のままかしこの蒼いところに嵌められ


星となった神々のことでしょう。
有名な神話に出てくる名前の星も、無名の星も、知人の姿と。

 
 地の上にして飽きがたき心を翼に
 わが念い(おもい)は
 なつかしき星空へ。


昔(明治〜昭和初期)の日本の女性は、結婚したらネクタイも自分で締めない、家の中で威張る旦那さんに仕えていた人が多かったようなので、女性であるがゆえに理不尽な思いをすることもいろいろあったのでしょうね。永瀬清子も例外ではなかったようです。その時代を生きた女性は苦労と我慢の連続で、自由への憧れも今の女性より強かったんじゃないかな。
曲中の、この自由への希求ともとれるフレーズと、その後に続く壮大な宇宙飛行のようなオブリガートの部分は、この曲の最も美しいところ。

永瀬清子は「私は詩人であり続ける」ということを条件に結婚、しかし子育て・主婦として当たり前の生活をし、40歳から岡山の疎開先で農業をするという地に足のついた中での創作活動だったようです。


自分の置かれた現況があるからこその、無限にひろがる念い。


宇宙の女神を思わせるような、ふくよかで柔らかで内面的な強さのある壮大なサウンドで演奏したいですね。

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2009年05月18日

未来へ

6月の愛知県合唱祭1日目ラストのクロージングコンサートでは、信長貴富:作曲、谷川俊太郎:作詩の混声4部合唱「未来へ」を、信長先生ご自身の指揮により演奏します。
ここ数年、このクロージングコンサートに参加させていただいている豊田ですが、今年ももちろん出演するため、4月から「未来へ」の譜読みをしています。
今年は定期演奏会が3月下旬で、4月に入ってから入団オーディションと、例年よりすべてが遅いスタートとなっているため、今回の合唱祭は継続団員の小6以上のメンバーで出演します。
クロージングコンサートでは、なんといっても変声期越えした少数男子メンバーが、混声合唱で他の一般合唱団の男声の方々と一緒に歌えるのが大きな魅力♪また女子メンバーも、重厚な混声の響きを体験できるのは幸せなことです。講師の先生方からいろいろ学べて、とても勉強になるいい機会ですね。
今年は特に、曲が教育音楽に掲載された若い世代向きに作られた曲だけに、毎週この「未来へ」を歌うのを楽しみにしている子どもたちです。


道ばたのこのスミレが今日咲くまでに
どれだけの時が必要だったことだろう
この形この色この香りは計り知れぬ過去から来た



バラード風の女声ユニゾンのこの歌い出しは、とても素敵です。
この後ギターが加わる躍動的なアレンジになっています。
そして、何度も登場するサビの部分、


未だ来ないものを人は待ちながら創っていく
誰もきみに未来を贈ることはできない
何故ならきみが未来だから



へと移っていきます。
合唱で歌いたい曲の上位に数えられそうな、いい曲ですよ♪
コンクールの自由曲という感じではなく、組曲でもないので(校内合唱向きに書かれたのかな?)、一般の演奏会では意外と取り上げられるチャンスがないのかも知れませんが、豊田の子たちは合唱祭までに暗譜する勢いでヤル気になっています。信長先生のご指導が楽しみですね。

この曲の中でカットされている詩の一部が、私はとても好きです。


照りつけるこの太陽がいつか冷え切るまでに
目に見えないどんな力が働くのだろう
私たちもまたその力によって生まれてきた




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2009年04月28日

女声合唱曲の問題点

・・・な〜んて偉そうなこと書けるような偉大な合唱人ではないのですがね。。。
ただ、自分でいろんな世代の女声(同声)合唱を指導していて前から思ったり、また団員さんからも言われることがあるんですよ。

女声合唱曲のアルトは音が低すぎる。

・・・と。
特に、1990年頃から、コンクールを中心にアカペラブームで、アカペラでないと上位に入れないような感じになってきていますよね。
私もその影響は多大に受け、特に若い世代の合唱団では必ずアカペラの曲を入れています。
アカペラは、耳のトレーニング、ハーモニー・ピッチの感覚を鍛えるには欠かせませんし、声も、ノンビブラートの溶け合う音質を育むためには必要不可欠です。

でも、アカペラの女声合唱曲のアルトって、五線の下の音ばかり歌わなければならない曲が多いです。
となると、今度は声楽的にどうか、ということになります。
声楽を勉強するメゾやアルト(日本には稀な存在ですが)でも、そんなに低音ばかり続けて歌う曲はありません。
アンサンブルでいえば、通奏低音的なベースラインがそのままアルトパートに来ていることがどの楽曲も多いのです。
たとえば器楽のアンサンブルなら、チェロやコントラバスははじめから低音を弾くために作られた楽器ですので、低音をずっと受け持っても差し支えないわけです。
でも声は違います。
発声で、音域として下のFやEまで出せるからといって、その音域に限定された旋律を歌わなければならないのは、もったいない部分もあります。だって、低音が充実している方は高音もしっかり持っていらっしゃる場合が多いですからね。日本人の多くはソプラノです。
「声を育むコーラス」という点では、現況のアカペラ女声合唱曲は、かなり問題があると思います。

「リベラ」の活動方針が、ボーイソプラノの声を育むことを中心としたものですよね。
CDを聴くと、アレンジとしては、ユニゾンか、せいぜい3度でハモル2声程度で、合唱曲としては大変シンプルなものです。
それでもこれほどクラシックチャートで高い評価を得られるのは、声という楽器を最良の状態で響かせているからでしょう。それは彼らのオリジナルの楽曲が支えているものでもありましょう。

作曲家や、ピアノなど器楽の方の見地では、合唱曲の捉え方もまちまちでしょうが、声楽の勉強をし始めた学生に、先生が合唱をとがめるのも、意外とこんな理由からかもしれませんよね。
同じ音域で歌い続けることの声帯への負担など。

そういったことに配慮して、声やハーモニー・ピッチの感覚を育てるようなことを考えていかないといけないな、と思う昨今です。

アカペラの、アルトの音域もそこそこ高い優れた作品・・・次回以降の課題かな。。。




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2009年04月16日

さびしいカシの木

やなせたかしさんの詩です。
合唱の世界では、木下牧子さんの「愛する歌」でよく歌われる曲ですよね。

山の上のいっぽんの 
さびしいさびしい
カシの木が
とおくの国へいきたいと
空ゆく雲にたのんだが
雲は流れて
きえてしまった

・・・・・
山の上のいっぽんの
さびしいさびしい
カシの木は
今ではとても年をとり
ほほえみながらたっている
さびしいことに
なれてしまった


これを、おばたコーラスで歌うと、たいてい涙ぐんでおられる方がいらっしゃいます。
きっと心の穴を音楽で埋めていらっしゃるのでしょうね。
音楽は心のコラーゲンのようです。

歓びもかなしみも、音楽というフィルターを通すと、何倍にも愛しく思えるものですね。

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2009年02月08日

OYE

作詩・作曲:Jim Papoulis
編曲:Francisco J. Nunez

昨年夏の、こどもコーラス・フェスティバルでニューヨークからいらっしゃった講師のフランシスコ・ヌニェス先生のクラスでのアトリエの課題だった「OYE」。
今度の豊田の定演での第1部のラストに全メンバーで演奏します。

こどもコーラスの時は、楽譜が手元に届いたのが本番の2週間前で譜読みをするのがやっとでしたので、あまり曲の内容まで踏み込んで勉強できなかったし、アトリエでも、ヌニェス先生から作曲のコンセプトのような話は一切なく、とにかくラテン系のノリの良い曲というイメージでした。

この曲の作曲者ジム・パプリス氏について楽譜にはこのような記述があります。
彼は<クラシックとジャズ>・・・リズムや流行のワールドビート、民謡、多民族の音楽を兼ね備える音楽に制作の焦点がある。
彼の作品は合唱やオーケストラ、弦楽カルテット、室内楽など幅広く、ワールドワイドに演奏されている。
彼が主宰する「小さな声の財団」での作曲やワークショップで世界中の子どもたちに対して、彼ら独自の声を見つけだして励まし、彼らの考えや望みを反映した真の言葉を詩に託し、子どもたちは自分たちの思いを聞き入れられたと確信する。そういった子どもたちとの音楽制作の経験が彼の大きなインスピレーションの源となっている。

また「OYE」の作曲の経緯についてはジム・パプリス氏の次のような記述があります。
メキシコでの仕事の間、私は経済的に厳しい地域の幼い子どもたちと密に活動する機会があった。子どもたちは英語は少ししか話せなかったが、私が演るリズムや音楽を通してすぐに親しくなれた。熱心な通訳者の働きもあり、私たちはさらに絆を深めた。私が子どもたちに「歌で世界に伝えたいメッセージは?」と尋ねると、彼らの答えは大変シンプルであった。それは「OYE」。メキシコの言葉で、「ねえ、聞いて」という意味。
この歌が演奏される時、どうしてもどこにいても私にはその子どもたちが学校へ行く通りや夢の中を満たす彼らの小さな声が聴こえてくるだろう。


「OYE」

一人だけで寂しく 暗闇の中
彼らは泣いている あなたの助けを失って
彼らは望んでいる 彼らは夢見ている
彼らは尋ねている 「(生活が)変わる」と聴こえたことについて

あなたは聴いていますか? 彼らの泣き声が聴こえますか?

彼らは観ている 彼らは聴いている
彼らは探している 彼らのゆく道が見つかるよう
あなたに彼らが見えますか?
彼らの叫びが聴こえますか?
なんと彼らは苦しみを訴えているか

OYE,
あなたは聴いていますか?
OYE,
彼らの叫びが聴こえますか?
OYE,
私たちはあなたを呼んでいる

あなた、聴こえますか?
OYE!

南アフリカのリズムビートを根底にアレンジされた、いきいきとした躍動感のあるすばらしい作品です。
今回はジャンベ、シェイカー、アゴゴ、カウベルといったパーカッションもフルに入れて、みんなでノリよく、そしてこの曲の源にあるメッセージが伝わるような演奏を熱演したいと思います。


メキシコの子ども2.jpg メキシコの子ども.jpg



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2009年01月28日

手紙♪世代を超えて

昨年のNコン課題曲の「手紙」、根強い人気ですね〜。
3月20日の豊田の定期演奏会でも中学生以上のメンバーで歌います。
おそらく学校でも歌っているのでしょう、あっという間に譜読みできてしまいました。練習後も、メンバー同士で伴奏をして歌っている姿が見られます。

別の平均年齢60歳前後の熟年女声合唱団2つでも、「何かやりたい曲は?」とたずねると、「手紙〜♪」と真っ先に答えが返ってきました。
お母様たちにも絶大な支持があるようですよ。この曲。
私が関わる全ての団に人気があるので、秋に予定している大人の女声合唱団の集いの合同曲を「手紙」にしようと考えています。
30歳のアンジェラさんが<15歳の君>にあてたメッセージソングは、15歳〜30歳から、40代・50代・60代・70代・・・と世代をはるかに超えて親しまれています。
すごいことですよね♪

歌詞の中に、「ひとつしかない この胸が 何度もばらばらに割れて・・・」という言葉があります。
実際に何度も傷を受けた者にしか出てこない感性ですよね。
アンジェラさんのこれまでの人生が反映されている人生をかけたメッセージソングとも言えると思います。
ふと、オバマさんの就任演説を思い出したりもします。
大変な傷や苦労を受けた経験を明るい声で未来へのメッセージとして送り出す強さや優しさ・・・。
マイナスをプラスに導くパワーや曲に込められた深い思いが、世代を超えた多くの人々から支持される理由なんだと思います。
日本にいい曲が生まれて、よかったですね。
posted by ひろこ at 08:04| 岐阜 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 合唱〜作品について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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